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移住者インタビュー(蟻川 文太郎さん)


あ

プロフ 蟻川 文太郎さん
 出身地:神奈川県
 移住年:平成28年11月

蟻川写真神奈川県出身。東京で機械メーカーの営業職に3年間勤める。平成28年11月移住。大船渡市地域おこし協力隊に採用され、主に農林関係の活動に従事し、3年間ニホンシカなどから農作物の被害を防ぐための活動を行ってきた。任期を終える年に、交際していた方とご結婚。神奈川県出身の奥様も移住者となりました。


大船渡との出会い
ちょうど東京での仕事を退職したときに、交際していた女性とのつながりで親しくなった方から連絡があったのです。その方は震災後、大船渡で「まちづくり」に関わる活動をしている方で、「地域おこし協力隊」という仕事があるよと教えてくれました。「やってみたら」と。特に岩手県や大船渡市に魅力を感じていたわけではなく、東京や関東から離れたいという思いが強かった私は、当時交際していた方の理解もあり、すぐにこの話に飛びつきました。お話をいただいてから2ヶ月後の11月に地域おこし協力隊に採用され、大船渡へ転居しました。

移住を決めた理由
あなぜ地域おこし協力隊の3年間の任期を終えても私が大船渡に残りたいと思うようになったのか。ありきたりな印象しかなかった大船渡に定住しようと思えたのは、やはり自分のコミュニティを作ることができたからです。

大船渡の印象
​田舎過ぎないちょうどいい地方都市。おいしい食材、お酒、豊かな自然が精神安定剤。第2の故郷になりつつありますね。小さいころは自然の中で遊ぶことが大好きで、将来の夢は「漁師」とか「考古学者」。自然と戯れるような夢ばかりでした。大船渡はそんな僕の幼少期の感情をよみがえらせてくれる場所でもあります。

大船渡の人
​私は個人的に人付き合いがそこまで得意ではないほう。表現が合っているか分かりませんが、大船渡の方々は「来る者拒まず 去る者追わず」といった感じで、ちょうどいい距離感をお持ちの方が多く、都会育ちからすると非常に生活しやすい環境でした。逆に私がよそ者なので地域の方々に気を遣っていただいています。

移住してからの変化
あ​実家や学生時代の友人の中で暮らしていましたが、大船渡にはそれがない。そんな大船渡で一番力を貸してくれたのが「大船渡に来ないか」と誘ってくれた知人でした。まちづくりなどで活動していたその方を起点に自分に合うコミュニティを探したり、作ったりして自分の居場所を作ることができました。それが一番の変化だと思います。人とのつながりと自力でも他力でも自分の居心地の良さをつくっていくことは移住・定住の鍵になると思います。